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2014-06-15

知らなかった天安門のこと ~アメリカ人女性の見た真実~

1989年6月・・・丁度入社したばかりで、仕事を覚えるのに四苦八苦していた頃です。
自分のことに精いっぱいで、社会の出来ごと、世界の出来ごとにまで深い関心を払う余裕がありませんでした。
なので、民主化を求めて学生がたくさん天安門に集まり、やがて彼らを中国政府が武力を使って制圧したことは、ニュースとは知っていても、その背景や実際に何が起きたのか・・・までは知らずに今まで過ごしてきてしまいました。

が、偶然目にしたアメリカ人女性の記事を読み、なんとも切なくなった次第です。Atlantic という雑誌のonlineの記事です。

記事はこちらからご覧になれます。↓
1989年 アメリカ人女性の見た天安門事件

”Springtime in Tiananmen Square, 1989” (1989年の天安門の春)というタイトルの記事には、当時北京の大学で英語を教えていた若いアメリカ人女性が見た、天安門事件の前後の学生たちの様子が記されています。

印象的なのは、冒頭の男子学生がおそらく同胞に語りかけているであろう写真をはじめとした、いくつかの当時の写真です。(日本人の名前がクレジットされているものも。)私が、切なくなったのは、かれらのいきいきとした表情や未来を信じて行動している様子・・・。これらの写真だけではなく、ネットで他にも当時の写真を探したところ、なんともいえない、明るく
エネルギーに満ちた表情の若者が方を寄せ合い、広場を埋め尽くしたり、語り合っている写真がたくさんありました。

学生たちの表情は明るく、みな純粋に自分や家族のためにより明るい未来を求めており、自分たちには当然、それらを求める権利があると信じているのが伝わってきます。ごくごく普通の若者たち。そして、彼らは自分たちの国、政府も信じていたのだと思います.全部でなくても、自分たちの望みを少しは政府が受け入れてくれるだろうと。中にはお祭り気分で参加した若者もいたかもしれません。

ハンガーストライキも、苦しいけれど、仲間と一緒であれば、乗り越えられる。がんばれば、自分たちの求めるものが手に入るかもしれない。そのときも、かれらの表情には絶望はなく、まだ希望が見えていました。

だから・・・軍がかれらに銃を向け、戦車で自転車やもしかしたら仲間をつぶしはじめたときの、衝撃はいかばかりだったでしょう。怒り、というよりまずは悲しみだったのではないでしょうか。無防備な自分たちを自分たちの国が武力で排除するなどとは、おそらく想像もしなかったのではないでしょうか。例え、兵士や戦車が自分たちを囲んでいても、それは単に威嚇で会って、実際に自分たちの命を奪うなどとは思っていなかったことでしょう。

しかし、6月4日、それはおこりました。少なくとも2800人の学生や市民が亡くなったことが、病院の集計などから報告されていましたが、政府発表は319人。遺体が残っていたなら幸運で、遺体が残らぬよう、軍が処理をしたものも多かったとか。
ネットで当時の写真を見た中に、戦車で潰された自転車、そして・・・。それを見て以来、ひき肉売り場に行けなくなってしまいました。

このあとです。

中国が、国民に徹底的に反日を教えだしたのは。天安門での学生や市民の勢いに恐れをなした政府が考え出したのが、その民衆のエネルギーを反日に向かわせるというもの。1989年以降、急速に反日国家になった中国。考えてみれば、あの無邪気で希望に満ちた若者たちが無残にちってしまったあの事件は、私たちにも大きな影響を与えることになったのでした。

当時、そんなことなど全く考えもせずにいた自分が悔やまれます。あのとき、中国政府の行った行為の残虐性に対し、世界の国々が共同で抗議していたら・・・・。いや、何も変わらなかったかもしれません。

でも、少なくとも、私は、当時の若者たちのことを忘れないでいたいと思いました。今更・・・ではありますが。

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に目覚め、やがてSPRING AWAKENING
に魂を奪われてから、すでに1年あまり。しかし、ごく最近、4年ぶりに東京にもどってきました! 久々の東京生活も実にスリリング♪

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