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2014-09-21

スコットランド、よかった。

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18日の住民投票の結果、賛成45%、反対55%で独立が否決されました。個人的にはほっとしています。スコットランド、ウェールズ、北アイルランド、イングランドのどれが欠けても、英国は英国ではなくなってしまうと思います。しかし、現政府の施策にスコットランドが(や他の地域も)大きな不満を抱いていることも明らかになりました。キャメロンさんも約束した通り、各地方にいろいろな権限を与えて、そうした不満を解消していかないと、またいつか同じことが起こるかも知れませんね。

しかし・・・勝手な意見ですが、独立派のスコットランド民族党の党首、アレックス・サモンドさんも、内心はどこかでホッとしたのではないでしょうか、この結果に。YES の結果であった場合、通貨問題やEU加盟の問題から始まり、非常に大きな様々な困難がたちはだかり、住民が望む、より満足できる暮らしを実現させることが可能かどうか、サモンドさんにも自信はなかったのではないでしょうか。(勝手な想像です(-_-;))

YES派の思いが強く熱かっただけに、ちょっと心配なのが、地元の人々の様子です。投票の結果によって、わだかまりが残ることがありませんように。地元の方たちには穏やかな日々を送ってもらいたいと思います。

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2014-09-17

いよいよ、明日スコットランド独立か否かの投票!

9月18日、いよいよスコットランドが独立国家となるか、UKに留まるかを決める投票が行われます。

8月後半、エディンバラを訪れた際、やたら街で目にした”YES”のサイン。その頃は、まだ”NO”派のほうが有利な状況が伝えられていたので、”YES”派が焦っているのかなあと思ったりしていました。声高に演説していたのも、”YES”派の人たち。”NO”派の人はどこにいるのかと思う位、ひっそり。しかし、街のあちこちで見かけた”YES, YES”攻勢に、もしかしたら、”NO”派は自分たちが有利だと思って余裕で何もしないのではなく、なんとなくおもてだって、”NO”と言えないのかもしれない・・・と、”YES”派の人々のやや過剰な熱さを感じたのでした。

そして、なんとこの数週間で、形勢逆転の可能性も濃厚に。

もし、スコットランドが独立したら?

これは、英国だけの問題ではなくなるでしょう。

英国という国の国力がそがれることは間違いないでしょうし、ポンド下落の影響などで、世界経済も不安定になるかも?

北海油田の権益を、英国とスコットランドでどう分けるのか。スコットランドが独占するわけにはいきません。

国防だって、英国、スコットランドはそれぞれどうするのか。

EUの加入も、EU加盟国から分離独立した国に対する方針が今まで何も決まっていないので、すんなりいきません。そもそもバルセロナ問題を抱えるスペインが、賛成するわけはないのですが。(加盟国全体の賛成が必要ですから。)

スコットランドの歴史、自然、・・・。行くたび、奥の深いそのたたずまいに新たな魅力を発見して、ますます好きになります。
イングランドとの因縁ある歴史、サッチャー時代の政策による不況もあり、独立を夢見てきた人が少なくなかった、少なくないのもわかります。

しかし、スコットランドでは住民は大学も無料です。イングランドなど、他の地域では、大学に通うのに1年間で9000£。UKの一員のまま、もっとスコットランドの住民がより快適な暮らしを営む方法もあるのではないかと思います。完全な部外者ですが^_^; 新しい国を作るとなると、通貨だの、国防だの、関税だの・・・いろいろな制度を整えるために時間も労力もコストもかかると思います。どうしても、住民の負担が様々な面で増えるように思うのですが(~_~;)

ああ、いろいろ述べましたが、単にスコットランドもイングランドもウェールズも(北アイルランドはまだ行ったことがないけれど・・・)好きだから、離れてほしくない、それだけなんです・・・。

ああ、どうなるかな、明日の投票。ドキドキ・・・。

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2014-06-16

あの日、わたしたち  

6月のわたしたち

あの日、わたしたちは笑っていた。
空は遠くて、高くて。
だけど、
わたしたちは笑っていた。
横には友がいて、恋人がいて、
故郷には愛しい父母がいた。

わたしたちは感じていた。
今、熱い夢ときらめく希望が
       この胸の奥に生まれていると。
そして、
ただ信じていた。
夢を語り、希望を叫ぶことが
無邪気で無力だからこそ、許されているのだと。

だから、わたしたちは笑っていた。
飢えても、
傍には友がいた。
胸には希望があった。

そんなわたしたちを
大事な祖国が
許さないはずがあるだろうか。

わたしたちはただ、笑っていたかった。
この国が愛しくて、自分たちが愛しくて。
そして、
空も、夢もみな愛しくて。
ああ、あの瞬間でさえ。

6月。

  ありがとう。

6月。

  ありがとう。

  わたしたちのことを、思ってくれた、あなた。
  わたしたちの笑顔を知ってくれた、あなた。

  ありがとう。

  わたしたちは6月に散りました。
  わたしたちの夢は6月、紅く染まりました。

  でも、だいじょうぶ。
  ほら、わたしたちは笑っています。
  だから、思い出してください、また。

  あの6月、わたしたちにまだ希望はあったのです。
  あの6月、さいごのときまで、わたしたちは確かに確かに笑っていたのです。
  あの空の下に、いまなおわたしたちの声はこだましているのです。
  だから、わたしたちの6月は、終わらないのです。

  ずっと。
  ずっと。
  ずっと。


2014-06-15

知らなかった天安門のこと ~アメリカ人女性の見た真実~

1989年6月・・・丁度入社したばかりで、仕事を覚えるのに四苦八苦していた頃です。
自分のことに精いっぱいで、社会の出来ごと、世界の出来ごとにまで深い関心を払う余裕がありませんでした。
なので、民主化を求めて学生がたくさん天安門に集まり、やがて彼らを中国政府が武力を使って制圧したことは、ニュースとは知っていても、その背景や実際に何が起きたのか・・・までは知らずに今まで過ごしてきてしまいました。

が、偶然目にしたアメリカ人女性の記事を読み、なんとも切なくなった次第です。Atlantic という雑誌のonlineの記事です。

記事はこちらからご覧になれます。↓
1989年 アメリカ人女性の見た天安門事件

”Springtime in Tiananmen Square, 1989” (1989年の天安門の春)というタイトルの記事には、当時北京の大学で英語を教えていた若いアメリカ人女性が見た、天安門事件の前後の学生たちの様子が記されています。

印象的なのは、冒頭の男子学生がおそらく同胞に語りかけているであろう写真をはじめとした、いくつかの当時の写真です。(日本人の名前がクレジットされているものも。)私が、切なくなったのは、かれらのいきいきとした表情や未来を信じて行動している様子・・・。これらの写真だけではなく、ネットで他にも当時の写真を探したところ、なんともいえない、明るく
エネルギーに満ちた表情の若者が方を寄せ合い、広場を埋め尽くしたり、語り合っている写真がたくさんありました。

学生たちの表情は明るく、みな純粋に自分や家族のためにより明るい未来を求めており、自分たちには当然、それらを求める権利があると信じているのが伝わってきます。ごくごく普通の若者たち。そして、彼らは自分たちの国、政府も信じていたのだと思います.全部でなくても、自分たちの望みを少しは政府が受け入れてくれるだろうと。中にはお祭り気分で参加した若者もいたかもしれません。

ハンガーストライキも、苦しいけれど、仲間と一緒であれば、乗り越えられる。がんばれば、自分たちの求めるものが手に入るかもしれない。そのときも、かれらの表情には絶望はなく、まだ希望が見えていました。

だから・・・軍がかれらに銃を向け、戦車で自転車やもしかしたら仲間をつぶしはじめたときの、衝撃はいかばかりだったでしょう。怒り、というよりまずは悲しみだったのではないでしょうか。無防備な自分たちを自分たちの国が武力で排除するなどとは、おそらく想像もしなかったのではないでしょうか。例え、兵士や戦車が自分たちを囲んでいても、それは単に威嚇で会って、実際に自分たちの命を奪うなどとは思っていなかったことでしょう。

しかし、6月4日、それはおこりました。少なくとも2800人の学生や市民が亡くなったことが、病院の集計などから報告されていましたが、政府発表は319人。遺体が残っていたなら幸運で、遺体が残らぬよう、軍が処理をしたものも多かったとか。
ネットで当時の写真を見た中に、戦車で潰された自転車、そして・・・。それを見て以来、ひき肉売り場に行けなくなってしまいました。

このあとです。

中国が、国民に徹底的に反日を教えだしたのは。天安門での学生や市民の勢いに恐れをなした政府が考え出したのが、その民衆のエネルギーを反日に向かわせるというもの。1989年以降、急速に反日国家になった中国。考えてみれば、あの無邪気で希望に満ちた若者たちが無残にちってしまったあの事件は、私たちにも大きな影響を与えることになったのでした。

当時、そんなことなど全く考えもせずにいた自分が悔やまれます。あのとき、中国政府の行った行為の残虐性に対し、世界の国々が共同で抗議していたら・・・・。いや、何も変わらなかったかもしれません。

でも、少なくとも、私は、当時の若者たちのことを忘れないでいたいと思いました。今更・・・ではありますが。

2013-10-06

ガラケーでは米で生きていけない?

ちょっと驚いた、このニュース。

Dallas Cowboys Owner Jerry Jones Still Uses a Flip Phone
The Dallas Cowboys were recently named the most valuable NFL team, worth a reported $2.3 billion. Their owner, Jerry Jones, still hasn't sprung for anything newer than a flip phone, however.

ダラス・カウボーイズという超人気フットボールチームの億万長者のオーナーが、今だにガラケーを使っていて、びっくり!という記事なのですが、そんなに話題になるようなことなんでしょうか? 

確かに、NYにいたときも、皆ブラックベリーだったしなあ。でも、私は今でも、そしてこれからもガラケー派なので、なんかちょっと悲しい気も。ガラケーだっていいじゃない。Jerry Jonesさん、まさかこんなことが写真付き記事になるとは思っていなかったでしょうね。さて、Jerryさん、これからもガラケーでがんばってくれるのでしょうか? そこに興味があります。

*ところで、携帯電話って英語では、cell phone。けれどガラケーみたいにパカっと開いて使うものを、特にflip phoneといいます。(cramshell ハマグリの貝殻 といういい方もありますが、ちょっとこっちのほうが堅いかんじですね、文字通り。)

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に目覚め、やがてSPRING AWAKENING
に魂を奪われてから、すでに1年あまり。しかし、ごく最近、4年ぶりに東京にもどってきました! 久々の東京生活も実にスリリング♪

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